黒蝶真珠の母貝(真珠を育む貝のこと)は黒蝶貝(学名:Pinctada margaritifera)と呼ばれています。真珠を作る貝のなかでも最大級の大きさを誇る白蝶貝に次いで大きくなる貝で、貝殻内側の縁の部分(下図:右)はやや黒みを帯びていますが、光の角度によっては独特の美しい虹色に輝きます。この黒みを帯びた虹色という絶妙な色彩が、黒蝶真珠の複雑で豊富な色を生みだしています。色については「真珠の色」の章で詳しく説明しています。 ※真珠層が見えるように貝全体を研磨した黒蝶貝 貝の中でも比較的大柄な黒蝶貝は、産出する真珠のサイズもやや大きく、9~10mmが主流です(※)。かつては11mmサイズ以上の美しい真珠も生産されていましたが、2017年にタヒチ政府主導の黒蝶真珠輸出規制が撤廃された影響もあり、近年では11~13mmほどの大きな真珠の生産量は減少傾向にあります。 黒蝶貝・黒蝶真珠という響きの中で「黒」の印象が強いためか、黒蝶真珠はダーク系のお色を想像される方も多いようです。 ※貝から生まれたままの色の黒蝶真珠 真珠の色はいくつかのメカニズムによって決定されています。その中の一つが、母貝が持つタンパク質の色素です。母貝のタンパク質の色素が黄色であるものは、白蝶真珠やアコヤ真珠といった、ややホワイト~クリーム系、ほんのりとしたピンク色などの真珠を生み出します。一方で黒蝶貝は三原色である赤・青・黄の色素を持っているため、豊富な色彩を生み出すことが可能であるとされています。 ※黒蝶真珠の代表的な色彩「ピーコックカラー」 また黒蝶真珠の色として、外側の縁が緑、中心部が赤の干渉色を持つ「ピーコックカラー」は業界内で特に評価が高いとされています。その鮮やかな色彩は、まさに孔雀の羽のような神秘的な美しさを纏っています。 黒蝶真珠は母貝の構造上、アコヤ真珠などと比べて変形率が高く、涙型のドロップシェイプや線のように溝が入ったサークルシェイプをはじめ、形のバリエーションの豊かさも特徴です。その豊かな色彩と個性的なシェイプの組み合わせは様々で、人工的な加工処理が行われない限り全く同じものは生まれません。 ※黒蝶真珠ドロップシェイプ ※黒蝶真珠サークル 職人は個性あふれる黒蝶真珠の中からペア組みや連組み (※)をこなすため、すべての真珠に目を通して熟考しなければなりません。特に、球形ではない特殊な形のペア組みの難度は非常に高く、熟練の職人でもかなりの時間を要します。 例えばドロップシェイプはピアスやイヤリングとして使用される場合が多いですが、理想的なドロップシェイプの生まれる確率は極めて低く、無数の色と形の組み合わせの真珠の中から対となるような珠を探し出すことは困難を極めます。サイズや色によっては何年もかけて組まれることもあるペアは、まさに真珠にとっての運命の出会いかもしれません。 ※タヒチ全体図 養殖で産出される黒蝶真珠全体の約95%を占めている一大養殖地がフランス領ポリネシアに位置するタヒチです。そのため、黒蝶真珠は通称「タヒチアンパール」とも呼ばれます。 「タヒチと言えば南の島」というイメージが強いですが、タヒチは大小様々な島が南緯14度から南緯23度にかけて分布しており、最も南に位置しているガンビエ諸島は一般的に考えられている「南の島」よりも気温や水温が低くなります。真珠は水温が低いほど薄くて美しい真珠層を巻くと言われていますので、黒蝶真珠母貝の生息可能な地域のなかでも特に水温の低いタヒチは美しい黒蝶真珠が採れることで有名です。 例えばガンビエ諸島に位置するマンガレバ島は、①広大なラグーン②水温の低さ(タヒチ最南端の島)、③マンガレバ島にそびえる500m級の山々からの豊富な養分 といった養殖に適した条件が数多くあり、黒蝶真珠養殖にとって理想の島と言われています。 ※ガンビエ諸島のラグーンはタヒチの島々の中で最も美しいと言われています クック諸島やフィジー、沖縄でも黒蝶真珠の養殖は行われていますが、タヒチのラグーンの広さや環境、高い水質は養殖地域の中でも群を抜いており、その圧倒的に良い環境が生産量95%以上のシェアを誇る要因となっています。 ※黒蝶貝の挿核の様子 ※母貝は微生物が付着しないよう毎日丁寧に磨かれます しかしいくら真珠の養殖に適した環境(母貝にとって適切な環境)と言っても、その地域に養殖場が増えすぎてしまうと海の栄養が枯渇し、母貝の健康が脅かされてしまいます。 代表の磯和晃至は、幼い頃から真珠に囲まれて育ち、真珠に対する審美眼と感性を養ってきました。多くの真珠を見る中、目についたのは調色処理前のアコヤ真珠でした。通常、処理するアコヤ真珠ですが、自然のままの色もとても魅力的で、何とか調色・染色処理を施さない「真珠本来の魅力を商品にしてお伝えできないか」という想いが募ってゆきました。 磯和は1995年に清美堂真珠へ入社しました。当時の真珠への染色・調色処理の技術は、ますます高度になろうとしているところでした。1996年頃には穴を開けずにゴールド系に染め上げる処理が登場し、さらに前処理と呼ばれる技術が進歩してゆきました。(※真珠の処理については「真珠の基礎」をご参照ください) しかし処理をしても言わない人がほとんどで、情報が開示されているとは言えない状況でした。実際に入社し、このような業界の現状を目の当たりにした磯和は、これを変えられないものか模索します。 一般化しすぎたアコヤ真珠の調色・染色処理に関しては、もはや止めることはできないと判断した磯和は、黒蝶真珠・白蝶真珠に着目します。このころ黒蝶真珠・白蝶真珠は天然色が主流で、染色調色処理はまだ始まったばかりでした。しかも、黒蝶真珠・白蝶真珠では染色・調色処理を施さなくても、天然色でジュエリーとなるに相応しい輝き・品質を備えたものがあります。黒蝶真珠・白蝶真珠ならば真珠本来の美しさを商品化することができると確信した磯和は、これらを積極的に仕入れるようになります。 こうして磯和は天然色の黒蝶真珠を中心に扱ってゆく決意をし、2001年には、「清美堂真珠の約束」として無調色・無染色の真珠を扱うことをお約束しました。このような天然色へのこだわりは、無処理のブラウンゴールドを持つ真円マベ真珠や、清美堂真珠を代表するスーパーピーコック、エスラインピーコックとして結実してゆきました。 これからも清美堂真珠では、真珠本来の美しさをお伝えするリーディングカンパニーとして、調色・染色処理を施さない黒蝶真珠・白蝶真珠をご提供して参ります。黒蝶真珠
※ アコヤ真珠の主流サイズは6~7mm
※ タヒチアンパールの輸出規制
タヒチの黒蝶真珠は、その地理的特異性と生息する黒蝶貝の生物学的優位性から、世界でもっとも美しい黒蝶真珠とされています。タヒチ政府はタヒチアンパールの品質の高さをアピールするために、1990年代後半から片側0.8mm以上の巻き厚の真珠のみ輸出可能とし、レントゲン検査を行っていました。ところが現地の養殖業者からの強い要望により、2017年にその規制が撤廃され、どのような真珠でも輸出できるようになりました。
※黒蝶真珠の断面図/養殖期間:(左)約6か月(右)約24ヶ月
左右の真珠で片側の巻き厚に差があることがわかる黒蝶真珠の色彩
ところが、そういった黒蝶真珠のネックレスを明るい光の下で観察していただくと、真珠1粒1粒の中に赤や緑などの複数の色が存在していることがわかります。この色こそが、黒蝶真珠が持つ本来の色彩です。
その色は赤や緑、オレンジやピスタチオカラーなど限りなく存在しており、豊富なカラーバリエーションは黒蝶真珠の最も魅力的な特徴の一つです。黒蝶真珠の形
※ドロップシェイプのペア
(※) ペア組・連組
ペア組 イヤリングやピアス用に2pcで真珠の形や色を揃えること。
連組 ネックレス(連)用の真珠を揃える作業のこと。首に沿うタイプの真珠のネックレスであれば、通常30~46pc前後を色相や形を揃えて組んでいきます。黒蝶真珠の生産地
また母貝をただ養殖場に置いておくだけでは、細菌などが付着して病気になったり栄養の偏りが起きたりと母貝にとって良い環境とは言えません。
生れたままに美しい真珠は健康な母貝によって育まれますので、養殖場による母貝の管理は美しい真珠にとって欠かせない要素となります。
そのため各養殖場では、母貝を海から引き上げて1つずつ丁寧に磨いたり母貝の位置を調整したりと真珠母貝にとってのより良い環境づくりに日々尽力しています。
タヒチアンパールの品質は現地の養殖場の方々の努力によって保たれているのです。真珠本来の美しさを届ける